和食の世界で“天皇陛下の料理番”を夢見て福岡の和食店へ。しかし、慣れない環境の中で心身ともに負担を抱え、地元・鹿島へ戻った田﨑さんを救ったのは、子どもたちとの時間と、一杯のコーヒーでした。そして、紆余曲折を経て誕生したのが、鹿島市浜宿の小さなカフェ「GLAD COFFEE」。一杯に込めた“楽しい時間”が、訪れる人の心をそっとほどいていきます。田﨑さんが歩んだ道と、カフェに込めた想いを伺いました。
田﨑 貴大(たさき たかひろ)さん
GLAD COFFEE
板前として働く父の影響で料理の道へ進み、調理師免許を取得後、福岡の和食店で修業。その後帰郷し、放課後児童クラブや保育園で子どもと関わる仕事に従事。同施設の代表である病院長をきっかけにコーヒーと出会い、本格的にコーヒーを学ぶ。培った経験をもとに鹿島市で「GLAD COFFEE」を開業。“楽しい時間を届ける一杯”をテーマに、地域に寄り添うカフェづくりを続けている。
https://ttr31kb71zishro.wixsite.com/glad-coffee

料理人の夢からフェアトレードへ──子どもたちが教えてくれた道
—お父様の影響を受けて日本料理の道へ進まれたと伺いました。まずは料理人として歩み始めた頃のお話を聞かせてください。
父が板前をしていた影響もあって、自分も調理師免許を取り、日本食の料理人の道に進みたいと思っていました。当時は“天皇陛下の料理番になる”という夢もあったんです。それで高校卒業後、福岡県内の和食店に就職しました。
ただ、そのお店はとても厳しく、当時の自分自身の弱さもあって長くは続けられませんでした。精神的にも参ってしまい、一度地元に戻り、放課後児童クラブに就職し、保育補助として3年間働きました。子どもと関わる仕事は、自分にとても合っていて、自分が子どもたちの面倒を見ているつもりが、逆に子どもたちの存在にケアされていたように思います。「癒された」というほうがいいかもしれません。
このように料理の道で心身ともに弱っていた自分が、子どもたちと接する中で癒され、助けられ、その経験から「次は自分が子どもたちに何かを返していきたい」と考えるようになりました。
そんな時、放課後児童クラブのある病院の院長先生が、自分の様子を見て、何かのきっかけになると思ってくださったのか、福岡にあるポップコーヒーズというカフェに連れて行ってくれたんです。それが、今の道へ進む大きな転機になりました。
—カフェを始めるきっかけとなるポップコーヒーズさんに連れて行っていただいて、どういうところに影響を受けたんでしょうか。
ポップコーヒーズでは、オーナーの方にお話を伺う機会がありました。オーナーはコーヒー豆の生産地を巡りながら、現地で撮影した多くの写真を記録として残しており、その一部を見せてくださいました。
その写真を見たとき、思わず考えさせられる写真があったんです。
そこに写っていたのは、有名なスポーツブランドの服を着た子どもたちです。一見するとごく普通の光景ですが、よく見ると服はすっかり傷み、ボロボロになっていて、長く使われてきたことが分かりました。
そのとき、「この服はどこから来たと思う?」と尋ねられ、僕は何気なく「どこかの国から送られてきたものですか?」と答えましたが、実際には日本で着古された衣服が現地に渡り、子どもたちの手に届いているのだと教えてもらいました。
そして特に印象に残ったのは、そんな子どもたちがコーヒー豆を運んでいる写真でした。
自分が普段、地元で接している子どもたちは、笑顔の子が多い。でも写真に写っていた現地の子どもたちの環境はまったく違う。その落差が一気に胸に刺さりました。その時「自分に何かできないだろうか」と強く思ったんです。
そこで知ったのがフェアトレードでした。現地の人の生活水準を保障するという仕組みで、もちろんそれだけで生活全体を劇的に変えられるわけではありません。でも、環境が少しでも良くなれば地球規模でプラスになるし、世界中の子どもたちの未来にも影響があると思いました。
そう考えるようになって、「コーヒーを通してフェアトレードに関わろう」と決めたんです。

※フェアトレードとは
開発途上国の生産者に対し、製品の適正な価格を支払い、持続的な取引を行うことで、その生活改善と経済的自立を支援する貿易の仕組み。貧困削減や児童労働の根絶、そしてより公平な社会の実現を目指す。消費者がフェアトレード製品を選ぶことが、この取り組みを支援する形となる。
出典:フェアトレード・ジャパン
https://www.fairtrade.net/jp-jp/why-fairtrade/what-we-do/what-is-fairtrade.html


産地ごとの個性や香りの違いを楽しみながら、生産者の暮らしを支える一杯を選べるスペース。旅するように豆を選ぶ時間も、このお店ならではの楽しみです。
地元に貢献したい。その一心で始めた店づくり
—そうやってコーヒーに出会い、お店をオープンされたわけですが、オープンまでは何が大変でしたか?
全てが大変でしたね。ちょうどオープンを決めた頃は、まだコロナの話なんてほとんど出ていない時期だったんです。でも、いざ準備を進めて「そろそろオープンしよう」という段階でコロナが出始め、世の中もざわつき始めて。気づけば営業制限がかかるような状況になっていました。
オープン直後がコロナ禍で、本当に厳しかったです。
ただ、コーヒーだったからこそ続けることができたと思います。コーヒーはつい “飲みたくなるもの” で、嗜好品でもあります。当時は企業などオフィスにもコーヒーを配達したりしながら、なんとか乗り越えました(笑)。
もともと、小さい頃から「将来は鹿島、地元で店を出す」という思いはずっと持っていました。寿司職人や料理の道を考えていた時期も含め、地元に貢献したいという気持ちは一貫していましたので、実際にカフェを開くと決めた時には、光武酒造(店舗の隣にある肥前屋さんの母体)の社長さんに相談に行き、この物件を含めて3か所ほど候補を教えていただきました。
私が浜宿の場所が昔から好きだったことに加え、鹿島市内には既にカフェがあったものの、浜宿には観光客が来ても休憩場所がないと聞こえてきました。それなら、ここ”浜宿”でカフェを開くことができれば、地元にも観光客にも貢献できると思い、この場所でオープンすることに決めました。建物は新築で、築6年目です。梁だけは古民家から持ってきましたが、その他はすべて新しく建てられています。


— お店を立ち上げて「GLAD COFFEE」という名前にされたとのことですが、名前を決めたきっかけは何かあるんですか?
最初は地域性を意識して、日本語の名前にするかどうか迷いました。浜宿には、昔ながらの通りがあり、日本の懐かしい風景が残っています。ただ、通りを見渡すと日本語の店名が多くて、「若い発想かもしれないけど、少し違う風を入れたい」と思い、英語の名前にする方向で考えました。
この建物の成り立ちも大きかったです。伝統的な建築の “方角” のルールをあえて外し、楽しさを詰め込んだような建て方をしています、そういった話を建築家の方としているうちに「この場所自体が楽しい」と感じたんです。さらに、ここは“窓がない”という特徴があります。屋根に小さなトップライトがある程度で、外の景色は見えません。だからこそ、お客さんが自分の時間をしっかり楽しめる空間にしたいと思い、嬉しい、楽しいといった意味を持つ「GLAD COFFEE」という名前に決めました。
オープンのときは、本当に多くの人に助けてもらいました。光武酒造のオーナーさんをはじめ、さまざまな方に支えられてここまで来ています。この辺りは散歩をしていると、近所の方が「おはようございます」と気軽に声をかけてくれるような、ゆるい地元感があって、それもすごく気に入っています。
お店はまだ4年目ですが、昼のカフェだけでなく夜はバルという形で営業していて、お酒の提供もしていました。地元のお客さんが多いかと思いきや鹿島市外から来て下さる方が多くて。いちばん遠い佐世保の方は、「たまたま通りかかった」という理由だったのですが、それから何度も足を運んでくださっています。そうした予想外の広がりもあって嬉しいですね。今年の春先からまたバル営業できたらと思っています。

地元に帰ってくる人たちのために。GLAD COFFEE、4年目の現在地。
—お店を始めて4年経ちましたが、地元の方とのつながりや周りの反応はどうですか?
この4年の間で、イベント出店などを通して本当に多くのつながりが生まれました。イベントで知り合った方がそのままお店のお客さんになってくださることも多いです。もともと、店内の空いたスペースはアーティストの作品を展示するギャラリーとして使ってもらう予定でした。最初はアーティストさんに月額で利用してもらう形でスタートしたんです。ところが、思っていた以上に「自分たちも作品を置きたい」「チャレンジしたい」という声をいただいて。それで自然と、この場所を販売スペースとして開放する形に変わっていきました。今作品を置いてくださっている方の多くは、イベントで出会ったクリエイターさんたちです。

また、地元なので全く知らない土地ではありませんが、22歳で店をオープンしたという年齢の若さもあって、最初は「大丈夫なのか?」と周囲の方から心配されていたと思います。でも最近は少しずつ、街のイベントの実行委員会に入れていただいたり、地域の活動にも声をかけていただいたりするようになりました。「認めていただいた」というと少し違うのかもしれませんが、「あぁ、自分もこのまちづくりに一緒に参加できるようになってきたのかな」と感じています。



—この先の展望や目標など今考えていることはありますか?
今後の展望としては、近いうちにどうしてもやりたいのは自家焙煎ですね。今はポップコーヒーズさんから豆を仕入れているんですが、自分自身でも焙煎をしたいと思っています。自分で焙煎すると、深煎りや浅煎りなども自分好みに調整できて、その人の感覚や好み、趣味みたいなものが出るじゃないですか。「これとあれを合わせたら美味しいかな」とか、そういう発想も生まれますし。エスプレッソも今5種類のブレンドがあるんですが、ここにもうワンアクセントほしいなという部分もあって、そういうのも自分で表現してみたいと思っています。
集客はこれまではInstagramを中心にやってきたんですが、最近は平日に地元のお爺ちゃんお婆ちゃんが来てくださることも増えてきました。この場所が地元のコミュニティの場になれているんだなと感じています。これからは地元への貢献や、アピールといった部分も強化していきたいと考えています。
小さなことなんですが、将棋を置いてみようかなとか……。ここに飾っている写真も全部地元の方からいただいていて、写真をきっかけに話が始まったりもするんです。「長居していただいて大丈夫ですよ」というのもいつも伝えていますし、ゆっくりしてもらえる場になればいいなと思っています。
裏の芝生スペースももっと活用したいですね。近くに保育園があって、保護者の方はゆっくりしたいけど、子どもは遊びたいというシーンも多いので、ちょっとした遊具を置けないかな、とか。外にも椅子を置けるので、テイクアウトしたコーヒーを飲みながら、子どもたちが芝生で遊ぶ、みたいな風景をつくりたいなと思っています。

観光地なので、観光客の方が多い日もあるんですけど、そうなると地元の人が入りづらくなるお店ってありますよね。実際、うちもインバウンドのお客さんだけになる日もあるんですが、逆に地元のお爺ちゃん、お婆ちゃんはそういうのを面白がって積極的にコミュニケーションをとりに来てくださる。でも保育園の保護者世代は、地元の人が集まれる場所が求められていると感じるので、そこを担える場所でありたいと思っています。

地域を盛り上げたいという共通の想いを込めたこの一杯は、地元へのエールでもあり、日々、頑張る人への小さな応援でもあります。
最近、浜宿の若手メンバーでNPO法人を立ち上げました。その中で、自分が長くお世話になっている「ゲストハウスまる」のオーナーさんから、いつも言われてきた言葉があります。それが「何のためにやるのか」という問いです。
この言葉を突き詰めて考えていくと、「誰と一緒にやるのか」「誰のためにやるのか」といったことが、一本の線でつながってくるんですよね。今もその問いを常に頭に置きながら、日々動いています。
そんな中で、GLAD COFFEEについても、昨年あたりから「このためにやってきたんだろうな」と思えるものが、少しずつ見えてきました。それは、地域の人たちにとっての「よりどころ」になっている、ということです。
自分の同級生の多くはすでに地元を離れています。でも、帰省で浜宿に戻ってくると、とくに連絡を取り合わなくても、自然とみんながGLAD COFFEEに集まってきます。その光景を見たときに、「ああ、きっとこのためにやってきたんだな」と、腑に落ちるものがありました。

将来は、コーヒーの栽培から焙煎、提供までを一貫して手がけていきたいと考えています。また、夢を追って地元を離れ、心身ともに疲れて戻ってきた自分を地元の人々が温かく迎え入れてくれたように、今度はこの場所が、訪れる皆さんにとって心を休められる存在になればと思っています。そんな場所として、GLAD COFFEEをこれからも大切に守り続けていきたいです。








