自衛隊から農の道へ。自分で選んだ挑戦は転んでも笑える! No.008 山本幸英さん
- 2020.04.25
- written by 鵜飼 優子

神埼市脊振町でせふりん農園を営む元自衛隊員の山本幸英さん。せふりん農園は、原木しいたけ、干し柿、えごまを中心に栽培、加工、販売をされています。
原木しいたけは、なんとあの人気クルーズトレイン「ななつ星in九州」にも提供していたそうです! 干し柿は、お菓子屋さんとコラボレーションしたり、えごまはイベントで生絞りするなど、新しく、楽しい形で農産物や加工品を提供をされています。
「楽しいと思ったら、やってみる! もちろん、失敗をすることもあるけど、その失敗も楽しいから」
そう笑いながら、話してくれた幸英さん。
笑顔のなかにある、強さとたくましさ、そしてあたたかさの秘密を探ってきました。
農の道へ入って生まれた「いいもの、求められるものを直接届けたい!」という想い

早速ですが、山本さんはなぜ、せふりん農園をはじめたのでしょうか?
脊振に住み始めて7,8年経った2017年8月に農家になろうって思って、ずっと働いていた自衛隊を辞めました。何かこれという大きな出来事があったわけじゃないんですけど、じんわりと確実な思いとして農家になろう、と思い至って割と急に自衛隊を辞めました。
せふりん農園をはじめてわずか数年でクルーズトレイン「ななつ星in九州」に採用されるなんてすごいですね!
いやいや。(笑) 本当に人とのつながりのおかげですよ。「ななつ星in九州」が、しいたけを探しているから、試しに出してみないか? と声がかかったときにはドキドキしました。採用していただけたときにはもちろんうれしかったです。とにかくいつも人とのつながりを大切にしているんですが、それがこんな流れになるとは思いませんでした。

顔の見える関係性を大切にしていらっしゃるんですね。
そうですね。人とのつながりを大切にしながらしいたけを作っています。普通は市場に出荷するというのが多いと思うんですが、できるだけ生の声を聞きたくて、天ぷら屋さんとか、焼き肉屋さんにも配達にいっています。
配達先のお店の生の声を聞いてみて変わったことはありますか?
たとえば、最初は大きいしいたけを作ろうと思っていたんです。でも、実際にお店の人に話を聞いてみたら大きいしいたけは、実は四つ切りにして使っていることが多いとわかったんです。焼き肉屋さんではお客さん自身がしいたけを焼くので、大きいとうまく焼けないみたいで。天ぷら屋さんでも大きすぎると食べにくいみたいです。四つ切りにしても確かに美味しいんですけど、切り口から水分が飛んでしまうので、旨味が逃げちゃうんです。丸い、そのままの形で食べるのが一番おいしい。それで、勿体ないなぁと思って、適度な大きさのしいたけを作ることにしました。
なるほど! お客様目線とはまさにこのことですね!
大きいのが欲しいという人もいれば、小さいのが欲しいという人もいる。「ななつ星in九州」のときも5~7㎝のくるっと丸いのが良い、とリクエストがありました。自分はこれが良いだろうって思っても、相手のニーズがあってこそだと思いました。
量をたくさん作って出すやり方じゃなくて、少なくてもいいものをどれだけ欲しい人に直接届けられるかってことを一番に考えています。
人とのつながりや相手のニーズを大切にするというのは昔からですか?
自衛隊のときの考え方とかだったら、今の状態ではないかな。そんなところまで考えてなかったですね。自衛隊をやめて農業をやり始めてから「ああ、こうした方がおもしろいよね」、「相手も喜んでもらえるんだったら、それがいいな」って変わっていきました。やっていくうちにやっぱり人とのつながりってありがたいなって思うようになりました。

原木しいたけのレンタルサービス!?
原木しいたけのレンタルサービスもしていると伺ったのですが?
鈴なり状態のしいたけの原木をそのままレンタルしています。お客さんがしいたけを採りきったら原木を回収するっていうスタイルです。みんなでBBQをするときに使いたいとか、子どもたちに見せたいっていう方もいらっしゃいますね。しいたけが原木になっているところを初めてみたという方も多いみたいで、楽しんでもらっているようです。

面白いですね! どうやったらそんなアイディアが出てくるんですか?
実はこれもお店の声からはじまって今の形になりました。飲食店への配達って毎日できるわけじゃないから、どうしてもお客さんが食べるまでに数日経っちゃったりするじゃないですか。月曜日に持っていったら金曜日には少し乾いてしまっている。だったらもう原木ごと置いていくから、そこから注文が入ったときに採ってもらったらいいんじゃないかって話になったんです。
お店に、しいたけの原木ごとおいていたんですね?
そうです。お店の裏に原木を置いて、注文が入ると料理人さんが採りにいく。だから、朝採れしいたけよりも新鮮です!(笑) ところが、お客さんからしてみたら「本当に今採ってきたの? どこで?」 って採れたてであることに疑問が生まれてしまうんです。
それで、店内に置けるようなサイズの原木が欲しいという話になったんです。通常1m10cmの原木をお店でディスプレイできるように30cmで作った。そして、お客さんの目の前で採る。もしくは、お客さんに直接採ってもらったしいたけをそのまま調理して出す、という風に変えたんです。
ご自身で採ったしいたけをお店で食べられるなんてお客さんは大喜びでしょうね!
皆さん、喜んで自分で原木から採ったしいたけを食べているそうです。焼き肉屋なのにしいたけが美味しいって評判になるって嬉しいですね。(笑)
そこからヒントを得てレンタルスタイルが生まれました。イベント出店の時にも原木を持っていくのですが、お子さんからご年配の方までみなさん珍しがって、楽しんでくれていて。こういうニーズもあるのかな? とレンタルサービスになりました。

脊振に400年続く干し柿を継承! 地域のたからを繋ぐせふりん農園

話は変わりますが、原木しいたけだけじゃなく、干し柿もされているんですよね?
自衛隊を辞めて家にいるようになってから近所で「若い働き手が家にいるらしい」ってあっという間に噂になって。「時間があるなら干し柿を加勢しに来てくれ」って近所の70代の元気なじいちゃんから声がかかったんです。
飛んで火にいる夏の虫というか……、若手の少ない、地域の貴重な労働力だったんですね?(笑)
そうみたいですね。(笑) 本当に立派な干し柿を作る技術を持った方で、「自分もあと何年できるか、わからんから。今やったら、ほんとにやる気があれば教えることができる」って言ってくれています。
地域の未来に危機感を持たれているんだと思います。だから、干し柿のことも、いわゆる企業秘密みたいな400年続いている貴重な技術を惜しみなく教えてくれるんです。

佐賀100では、まさにそういう貴重な技術や仕事を次の世代につなぐ継業を目指しているのですが、幸英さんはすでに継業されていたんですね!
最初から継ぐとかそういうことを意識していた訳ではないのですが、ご縁で独立して干し柿を始めることになりました。脊振のじいちゃんも人手が足りないからこそ声をかけてくれていたから、独立して干し柿をはじめてしまうと手伝いの手が減ってじいちゃんも困るだろうと思って悩みました。
でも、正直にじいちゃんにその話をすると「脊振で400年続いた技術が残る方が良い。どうしても人手が足りないときにはまたうちにも手伝いに来てほしいし、わからないことや困ったことがあったら何でも聞いてくれていいよ」って言ってくれたんです。
自分のところも人手不足なのに、次の世代のことも考えてくださる、懐の深さを感じますね。
後継者問題は、今どこの地域もあって、ものも、技術もあるし、こういう暮らしがいいと思う人と上手くマッチングできたらって思いますね。
実際に30連という特殊な干し柿の注文を受けたときにも、何から何まで、ものすごく丁寧に教えてくれました。
ママ友が伝統技術を継承!? 人を巻き込むことで生まれる波及効果

30連の干し柿ってどんな干し柿ですか?
贈答用などに使われる30個の干し柿が連になっている特殊な技術を使ったものです。通常と違う技術や規格になるので、紐のくくり方から出荷用の箱まで少し勝手が違います。実は、教えてもらったって言っても実際に作ったのは、うちにお手伝いに来てくれている訪問美容師のママさんなんですけどね。(笑)
え? 美容師をされているママさんが特殊な技術を使った30連の干し柿を作っているんですか?
はい。うちには何人か干し柿を手伝いに来てくれる地域の方がいるのですが、みんな妻のママ友です。干し柿ってすごく大変なんです。何が大変かって、手間と管理。(笑) 柿をちぎって、剥いて、紐にくくって、干して。干してからも雨が降ったり、あったかくなったり、寒くなったり、っていうのをずっとみてなくちゃいけない。1つ1つの作業はどうってことないけど、それを全部1人でって、なると……やっぱり大変。しかも、その時期の間にそれぞれの作業を終わらせないとうまく作れない。ある程度のスピードも必要で。1年目の時は3000個くらい手で剥きました。
確かに、その作業を1人で、しかも決まった期間に、となると厳しいですね。
もちろん、人に手伝ってもらうにしても、準備や段取りが必要なので、やることはたくさんあって、ピーク時には、夜中すぎまでずっと作業をしていることが多いです。でも、今来てくれているママさんたちみたいに、数日だけだけど来れるとか、1日の中でこの2時間だけだったら来れるとか、融通がきく形で少しずつでも働ける場を提供できたら、自分たちにとっても周りの人たちにとってもすごくプラスだと思っています。
子どもが学校に行っている時間だけとか、数日だけでも働ける場所があるってありがたいことですね!
そうやってちょっとずつできるときに手伝ってくれているママさんたちが思いがけず、販路も切り開いてくれたり、技術的にもどんどん身に着けてくれて30連のすごい干し柿を作ってくれたり。面白いなぁって思います。
移住のきっかけは、「100円宅地」の看板!?

脊振に移住されたのは、何がきっかけだったのでしょうか?
自衛隊に勤めていた時にそろそろ家を建てようと考えていて、程よい位置でいい場所がないか探していました。その時は漠然と木の家が建てたいと考えていて、たまたま脊振を通りかかったときに目にした「100円宅地の看板」がきっかけでした。
100円宅地?
旧脊振村時代から続いている施策で、1坪あたり月100円で市有地を貸し出してくれて15年経ったら譲渡されるっていうものです。だいたい1月あたりの賃貸料が12,000円~15,000円で、譲渡されると約220万円~270万円で宅地を購入した事になります。
面白いですね。
施策が始まったときはすごい高倍率だったらしいですが、うちが申し込んだときには抽選割れするくらいだったので、サクッと決まりました。(笑) 土地が安くすんだ分、家にお金をかけることができたので思い切ってログハウスを建てました。
住んでみてどうでしたか?
とにかく寒かった。(笑) ログハウスって建ててすぐは丸太と丸太の間にすき間ができるんです。木が呼吸をして年月が経つごとに湿度や温度の兼ね合いで少しずつすき間が埋まっていくんですけど、引っ越したのが12月だったから最初は、とにかく寒くてびっくりしました。しかも、その年は、ガードレールの高さまで、雪が積もって。家の中はトイレとお風呂以外は仕切りがなくて、吹き抜けだし……。(笑)

失敗したと思わなかったのですか?
それは、なかったです。木の家にしたことで、ロープをたらしてみたり、ハンモックをかけてみたり。自分たちの好きな場所に好きなものを打ち付けたり、改造したりできるのが良いですね。子どもたちが遊べる楽しい家にしたいと思っていたので。今でも未完成の家って感じですけどね!
未完成の家って素敵ですね。子どもたちの成長に合わせて、変えられていくのですね! もともとDIYはお好きだったんですか?
作るのは好きでしたね。なんか困ったら、ないものは作ってみよう、とやっています! 子どもたちもなんでも自分で作るのが当たり前だと思っているみたいです。
お子さんたちにも、ないものは作るDIY精神が引き継がれているんですね。
そうですね。干し柿の時期も柿むきを手伝ってくれるんですが、ほんと熟練のような手つきです。魚を釣りにいくのも竹を自分でとってきて、竿をつくったり。自分たちで考えながら、いろんなものを作って遊んでますね。

自分で選んだ挑戦は、転んでも笑える! 新しい農という道

お父さんのなんでも楽しみながら、挑戦する背中って大きいですね。
子どもたちと遊んでいるだけです。自分自身もどんなことでも、やってみたいとわからないとわからないから、まずはやってみよう! と思っています。原木しいたけをはじめたことも、干し柿をはじめたことも、「やってみたい」と思ったからです。
暴風のなかでハウスを張って飛ばされそうになったり、地面がじめじめのところで干し柿を干して、ほとんどかびてしまったり……。いろんな失敗がありましたけど。(笑)
失敗してもなんだか楽しそうですね!
転んでも笑えるのは、自分がやりたいことをやっているからだと思うんです。みんなから絶対にできんやろ、と言われても、やってみないとわからない。自分が納得せずにやっていると、失敗したら、へこんで立ち直れなくなる。けど、自分で選んだことは、失敗したとしても、なるべくして失敗になっているわけで、逆に楽しくなるんです。
なるほど。自分で選ぶって大切ですね。
よく、自分のやっていることは農業じゃないって言われます。農業っていったらたくさん作って、たくさん出すのがスタンダード。僕みたいな少しずつしか作らないのは趣味だって言われるんです。でも、少ない量だけど手間暇かけて、ちょっと良いもの作ると、その分少し高い値段で買ってくれる人がいる。だから、結局トントンくらい。よくある農業のスタイルじゃないけど、必要としてくれる人に届けることができているから、これで良いんだって思ってます。
新しい農という道に挑戦しているんですね!
そうですね。これからも、イベントでのえごまの生絞り販売やキャンプ場などやってみたいことがたくさんあります。自分で選んだことだから、失敗しても笑い飛ばしてどんどん展開していきたいですね。
今後の展開も楽しみです! ご自身が楽しんでされていて、その楽しさがお客さんにも届いている。かっこいい生き方だと思います! 本日は、ありがとうございました!
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ー 編集後記 ー
今回の取材では、「原木しいたけの菌うち」の作業を体験させていただきました。わたし自身、初めての菌うち。原木に菌がすっと入っていくのが、おもしろくはまる作業でした! 原木の数をみたときは、あまりの多さに「おお!」と思っていましたが、幸英さんや奥さんはもちろん、お子さんたちやお手伝いの皆さんもいて、わいわいと、みんなで楽しく作業をすることができました。お子さんたちの、慣れた手つきで菌をうち、原木を数える、素晴らしい仕事さばきに驚くばかり。作業の合間には、山で見つけたつるをくるくると巻いてリースを作る。ただ遊んでいるのかと思いきや「こうしたら、売れるかな」と一言……。ただ作るだけでなく、出口まで考えていて、さらに感心するわたし。「ないものは自分たちで作る」がスタンダードで、純粋にかっこいい! 生きていくうえで必要なことや楽しむことを教えてもらった気がします。


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<お世話になった取材先>
せふりん農園
山本 幸英さん
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<お世話になった取材先>
せふりん農園 山本 幸英さん
長崎県出身。海、山がある自然豊かな場所で育つ。家族で、神埼市脊振へ移住し、奥様と4人のお子さんと暮らしている。 自衛隊を経て、2017年の夏にせふりん農園を始める。主に、原木しいたけ、干し柿、えごまの裁培、加工している。原木しいたけのレンタルなど、お客さんとのやりとりや独自の発想を活かし、ただ販売するだけなく農というサービスも提供している。 今後も楽しいアイデアを展開していく予定。
せふりん農園
連絡先:090‐2051‐7247




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<取材記者>
鵜飼 優子
「佐賀のお山の100のしごと」記者/地域の編集者(地域おこし協力隊)
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<取材記者>
鵜飼 優子「佐賀のお山の100のしごと」記者/地域の編集者(地域おこし協力隊)
大阪府高槻市出身、ひつじ年。今まで暮らしたことのある地域は、北軽井沢、阿武、萩、佐伯、そして個人的にもご縁を感じている佐賀のお山にやってきました。幼稚園教諭やドーナツ屋さんなど様々なことにチャレンジしています。将来は、こどもとお母さん、家族が集える場所を作ることが目標。佐賀のお山の暮らしを楽しみながら情報発信しています。

