佐賀県鹿島市・肥前浜宿。酒蔵通りや水路が今も町の風景として残るこの町で、着物を通して人と町をつなぐ活動を続けているのが、「和のコトコトはじめ倶楽部」代表の中西さんです。介護士として15年、人に寄り添う仕事に携わった後、結婚を機に浜宿へ。町の人とのさまざまな出会いをきっかけに、観光と地域を結ぶ取り組みを始めました。着物体験を通して生まれるのは、観光以上の「思い出の時間」。浜宿で積み重ねてきた6年間の歩みと、その先に描く町の未来について伺いました。
中西 沙月(なかにし さつき)さん
和のコトコトはじめ倶楽部代表
佐賀県鹿島市・肥前浜宿を拠点に、着物体験とまち歩きを軸とした文化体験事業を運営。和のコトコトはじめ倶楽部代表として、着付け体験、町並み散策など観光客向けの体験プログラムの企画・運営を行っている。国内外からのリピーターも多く、肥前浜宿の町並みと着物文化を結びつけた滞在価値の創出にも取り組みながら、地域資源を生かした観光と、人の記憶に残る体験づくりを両立させる活動を続けている。
https://wanokotokoto-hajimekurabu.com/
介護士から観光の担い手へ。浜宿で始まった新しい挑戦
― 肥前浜宿で、今の活動を始めるきっかけを教えてください。
お店としては、今年で6年になります。 私は太良町の出身で、もともとは介護士として働いていました。12年前、結婚を機に鹿島市へ嫁いできたのですが、初めて肥前浜宿の街並みを見たときに、「ここで何かできるかもしれない」と直感的に感じたんです。
夫の実家が、もともと店舗だったこともあり、その場所を活かして最初は美容系のサロンを立ち上げました。
ちょうどその頃、マルシェが流行り始めた時期でもあり、店舗を使ってマルシェを開催するようになりました。さまざまな出店者の方に来ていただく中で、「面白い人が浜宿に嫁いできたらしい」と噂になり、光武酒造の社長さんが声をかけてくださったんです。 そこから、「水とまちなみの会」の会議に呼んでいただくようになり、鹿島のお祭りや行事、春・秋の酒蔵開き祭りなどにも関わらせていただくようになりました。そういった中で「鹿島に新しい観光コンテンツをつくりたい」というお話をいただき、着物を着て街を歩く散策」というアイデアが出てきました。

実はその頃、着物好きの方々が、祭りの際などに着物で街歩きをされていたんです。また、近隣には着付けの先生もいらっしゃって、「これを、いつでも体験できる形にできたらいいよね」という話になりました。
そこで、公民館に残されていた着物と、着付けの先生が所有されていた着物を組み合わせ、公共施設である「継場(つぎば)※」を使って体験コンテンツとして実施してみたところ、予想以上の反響がありました。
この取り組みを一過性のものにせず、「力のあるコンテンツとして育てていきたい」と考え、私が代表となって店舗を改装し、「和のコトコトはじめ倶楽部」の拠点を構えることにしました。現在は会社として運営していますが、もともとのきっかけは、町おこしの一環として生まれた観光コンテンツなんです。
※「継場」…江戸時代、街道の宿場に設けられていた問屋で、旅人の荷物を次の宿場へ中継する役割を担っていました。馬をつないだ鉄輪や帳場、人足の控え場などが残っており、現在は肥前浜宿の案内所として利用されています。
出典:佐賀県鹿島市公式観光サイト「かしまいろ」
https://saga-kashima-kankou.com/spot/1118
― 町おこしの一環として始まったんですね。もともと、着付けやヘアメイクはされていたんですか?
いいえ、まったくの素人です。ほとんど独学です。着付けについては、着付けの先生に直接ご指導いただきながら学び、ヘアメイクは、お手伝いに来てくださっていた美容師さんから技術を教えていただきました。そうして一つひとつ身につけていき、6年経った今、ようやく「一人前の着付け師になれたかな」と思っています。よく「もともとその道の方だったんですか?」と聞かれるのですが、前職は介護士で、現場業務やソーシャルワーカーとして15年ほど働いていました。
ただ、その介護の現場で培った経験は、今の仕事にも確実につながっていると感じています。人の気持ちを汲み取ること、相手に寄り添ってコミュニケーションを取ること。その姿勢が、サービス業としての接客にも活きていると思います。

名前に込められた“みんなの想い”と、支え合いの中で歩んだ6年間
― 「和のコトコトはじめ倶楽部」という名前は、どのように決まったのですか?
実は、この名前を付けたのは私ではないんですよ(笑)。当時は着物メインの活動ではなく、「発酵モーニング」や「発酵の街の朝食」、いわば“朝版の子ども食堂”のようなことができたら面白いよね、という雑談から始まりました。
関わってくれていた光武社長より「じゃあ一つ団体をつくろうか」「中西さん、代表やってみない?」という話になり、その時関わっていたスタッフさんたちが名前を考えてくれて、生まれたのが「和のコトコトはじめ倶楽部」だったんです。 みんなで考えた名前だからこそ愛着がありますし、「私一人のものじゃない」という感覚もあります。その想いを引き継ぎ、事業として続け、会社という形にしました。いただいたきっかけを、きちんと育てていきたいと思ったんです。

― 利用される観光客は、やはりインバウンドのお客さまが多いですか?
多いですね。着付け体験を始めたのは、実はコロナ禍の直前でした。コロナの流行が始まる約1か月前です。結果的に、それが良い方向に働きました。
団体旅行が難しくなる中で、個人旅行やプライベートな旅を求める方に、「貸切やマンツーマン」での着付け体験が受け入れられたんです。コロナ禍でも、ありがたいことにお客さまは途切れませんでした。
その後の約4年間は、無理をせず、ゆっくりと営業を続けてきました。大変な時期ではありましたが、その分、準備や試行錯誤を重ねながら、“助走期間”にもなったと今は感じています。
当初は「女子旅」向けのプランとしてPRしていましたが、実際にはカップルやファミリー層の利用が多く、そこから家族向けプランの強化など、新たな展開を考えるようになりました。着付けも、本格的な和装だけでなく、レースを取り入れた令和風コーディネートなど、少し崩した自由なスタイルも提案しています。また、七五三や地域行事、冠婚葬祭など、観光に限らず、和装を通して地域の方々と関わる機会も増えてきました。今では、着物を通じて「観光」と「暮らし」の両方を支える存在になりつつあると感じています。

― お話を聞いていると、本当に、たくさんの方に支えられて今があるのですね。周囲からの期待やプレッシャーは感じませんでしたか?
多くの方からきっかけをいただき、「中西さんに言えば何とかしてくれるかも」と期待してくださる空気もありました(笑)。もともと介護の仕事で培った「人のために動きたい」という奉仕の精神があるので、そうした期待にも応えたいという気持ちが自然と湧いてきたんだと思います。プレッシャーよりも、喜びや楽しさ、そしてやる気のほうが大きかったですね。
“通過点”から“滞在地”へ——佐賀の旅の可能性
― 初めて嫁いで来られたとき、この街並みを見てどう感じましたか?
最初に思ったのは、「こんな街並みを残してきた人たちは、どんな人たちなんだろう」ということでした。
まだ誰とも知り合っていない頃、夕方に一人でこの通りを歩いていたら、ベンチに腰掛けてハーモニカを吹いているおじいちゃんがいて。その光景がとても風情があって、「ああ、いい街だな」と心から思ったんです。
先輩たちが大切に守ってきたこの景色を、私も一緒に残していきたい。自然と、そんな気持ちが芽生えました。
若い頃は、「古いものは壊して、新しいものにしていくのが当たり前」だと思っていました。もともと田舎で育ったこともあり、都会や新しいものへの憧れが強かったんです。でも、この街に来て、その価値観がすっかり覆されました。

今では、街で工事が始まると聞くと、「できるだけ変えずに残してほしいな」と思ってしまいます。どんなふうに手が加えられるのか、つい気になってしまうほどです(笑)。
この水路も江戸時代から残っているもので、実際に先日、江戸時代の小銭が見つかったこともありました。この道も、ずっと昔から続いている道なんですよ。
街の中には「棚路(たなじ)」と呼ばれる、昔の台所の洗い場が残っている家もあります。台所から外に出て、野菜を洗ったりする場所ですね。そうした風景が、今も日常の中に息づいています。
また、武家屋敷も、かつては朽ちかけていたものを、「残したい」という想いを持つ個人の方からの寄付と鹿島市の支援によって、きれいに再建されました。背景を知ると、街の見え方も変わってきます。
― そんな素敵な町を着物で散策できるとのことですが、提供されているサービスについて教えてください。
メインは、着付けとヘアセットを含む着付け体験です。そこに付加価値として、フォトガイドサービスを用意しています。撮影をしながら、街の見どころやおすすめスポットをご案内するサービスで、今とても人気があります。 美味しいお店を紹介したり、写真映えする場所へ案内したりしながら、その方の旅に寄り添う形でご案内しています。


多くの方が京都や浅草で着物体験をされた経験をお持ちですが、ここ鹿島での体験は「全然違う」と言ってくださります。写真を撮りに行くと、地域の方が「ここ入っていいよ」と声をかけてくれたり、一緒に写真を撮ってくれたりする。その“人の温かさ”に感動したという声をよく聞きます。
「ここは本当に穴場だ」「オーバーツーリズムがなくて最高だ」と言ってもらえることも多いですね。実は、最初の3年間はアンケートを取り続けていました。「一番楽しかった点はどこですか?」という質問で、毎回ダントツで多かったのが「人が良かった」という回答でした。祐徳稲荷神社や街並みを挙げる方もいましたが、それ以上に、「人」がこの街の一番の魅力なんだと、改めて実感しました。
― 今後、考えているサービスや展開はありますか?
今考えているのは、県内の旅館と連携して、着物姿のままチェックインできる仕組みをつくることです。
着物体験のあと、わざわざ当店に戻って脱ぐのではなく、ホテルや旅館までそのまま過ごしていただき、到着後に脱げるようにしたいんです。そうすれば、もっと長い時間、着物での滞在を楽しんでもらえますよね。
着物の回収など課題はありますが、どうすれば実現できるか、今、考えているところです。旅館側にも、佐賀で着物体験が広がっていることを知ってもらい、一緒にPRできれば、相乗効果も生まれると思っています。

旅館との連携にこだわるのは、佐賀県に長く滞在してもらいたいという思いがあるからなんです。今日は嬉野、明日は太良、次は鹿島、そんなふうに県内を巡りながら佐賀の魅力を知ってもらいたい。浜宿だけでなく、佐賀には本当に良い場所がたくさんあります。旅館は多いのに、「遊びのコンテンツが少ない」と言われがちです。だからこそ、着物を楽しむという“遊び”を、もっと周知していきたいと思っています。
佐賀はどうしても「通過点」になりがちで、「ちょっと嬉野に寄る」「ちょっと鹿島に行く」と、点でしか捉えられていない。そこを線でつなぎ、滞在してもらえる県にしていきたいんです。祐徳稲荷神社には年間約300万人が訪れますが、その300万人がどこから来て、どこへ行っているのか……。まだまだ見えていない部分が多いです。だからこそ、その課題を解決していく過程そのものを、楽しみながら考えています。
観光を超えて、誰かの人生の一場面に寄り添うおもてなし
やっぱり、一番は浜宿に暮らす「人」ですね。アンケート結果にもあったように、本当に「人」がいい。不思議なくらい、浜宿の人たちは助け合っていて、目に見えないつながりがあります。「この街並みを残したい」「この場所が好きだ」そんな同じ想いを持った人たちが集まり、同じ方向を向いて動いている。それが浜宿の強さだと思います。

地域教育にも力を入れていて、私は小学校の授業で着付け体験を行っています。毎年、5年生を対象にした授業です。小学校で着物体験をするのは、なかなか珍しいですよね。ほかにも、街並みガイドや、醤油屋さん、酒蔵の見学など、地域全体で子どもたちを育てる取り組みがあります。そうした授業を通して、子どもたちがこの街に誇りを持つようになるんです。
実は、その授業が始まった頃に小学生だった世代が、浜宿にあるカフェ「GLAD COFFEE」の田﨑さんたちなんです。その世代の子どもたちは、「就職しても、いつかはこの街に戻って何かしたい」と口をそろえて言ってくれていました。教育の積み重ねが、今こうして形になってきている。だからこそ、これからの若い世代にも大きな期待をしています。
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― 移住者支援にも関わっているそうですね。
はい、移住者の方々も本当によく頑張ってくれています。浜宿を訪れて、「ここに住んでみたい」と思ってくれる方も増えてきました。
和のコトコトはじめ倶楽部とは別に、「ハマミライ」という団体の役員に関わり、GLAD COFFEEの田﨑さん、ゲストハウスまるのオーナー島崎さんはじめ、それぞれの有識者のメンバーとともに移住者支援を行っています。
浜宿には空き家も多く、高齢化によって維持が難しくなっている家も少なくありません。そうした空き家を活用し、「ハマクラス」として移住者の長谷川さんが古本屋を始めたり、語らいの場としてフリースペースを設けたりしています。
最近では、地域の方を集めた餅つき会を開いたり、不登校の子どもたちが安心して過ごせる場所として使われたりと、用途も広がっています。「ただ住むだけでなく、ここで何かをしたいという想いを持った移住者が多いのも特徴ですね。その「やってみたい」という気持ちを形にする。誰かの“やりたい”を叶えるサポートをすること。それが、「ハマミライ」の役割だと思っています。


― これまでたくさんのお客さんと接する中で特に印象に残ってるお客さんとか。面白いエピソードみたいなものを教えてください。
印象に残っているお客さまは本当にたくさんいます。芸能人の方やお笑い芸人さんも来てくださいましたが、特に心に残っているのは、「ここに来た理由」や「物語」を持って来られる一般のお客さまです。
たとえば、娘さんとの思い出を残したくて来られた方。お話を伺うと、幼い頃に離婚して離れて暮らしていたけれど、最近また会えるようになり、その記念に一緒に訪れた、という背景がありました。ただ着付けをして街を案内するだけでなく、その大切な時間の中で誰かの「思い出づくり」をお手伝いできていると感じる瞬間は、やってきて良かったなと感じますし、とても印象に残ります。

また、付き合い始めたばかりのカップルが来られ、将来の話をしながら過ごされたこともありました。後日、SNSで「結婚します」と報告をもらったときは、本当に嬉しかったですね。「着物を着たいと思う男性は、きっと家族を大切にする人ですよ」とお話ししたことが、背中を押すきっかけになったと聞いて、人の人生に少し関わらせてもらえたような気がしました。
着物を通して、たくさんの方と深くつながれたり、いろいろな国の文化を教えてもらえたりするのも、この仕事の面白さです。「日本に親戚ができたみたいで嬉しい」と言ってくださる海外の方もいて、そうした方がリピーターとして浜宿に帰ってきてくれるのは、本当にありがたいですね。
着物を着て浜宿を歩く時間は、ただの観光ではなく、その人の人生の一場面になることがある。そして、その大切な時間にそっと寄り添いながら、人生の思い出づくりのお手伝いができることは、私にとって何よりのやりがいになっています。








